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研究内容

1.研究背景

 

 肝臓は体内における最大の臓器として知られ、血清蛋白質(アルブミンなど)の合成、薬物やアルコールの解毒、脂質や糖の代謝などさまざまな機能を持っている。そのため、肝臓は生体のホメオスタシスを司る重要な機能を果たしており、その機能が障害されることで重篤な疾患につながることが知られている。肝炎ウイルス等の感染やアルコールの過剰摂取、脂質等の代謝異常による脂肪肝などは、肝臓における持続的な炎症状態(慢性肝炎)の原因となり、やがて肝硬変、肝癌といった致死的な病気へと進行する。このような終末期肝疾患に対する根治療法としては、現在のところ肝臓移植のみが有効な治療法として行われている。

 肝臓は固形臓器としては特徴的な高い再生能を持っており、全体の70%を切除しても残りの部分が増殖・再生することで約1週間程度で元の大きさを取り戻すことが知られている。しかし、慢性肝炎等を起こした肝臓では持続的な細胞の破壊と再生が繰り返されることで、肝臓の再生能力が破綻し、肝臓に線維芽細胞や細胞外マトリクスが沈着する肝硬変や肝癌等の重篤な肝疾患を引き起こす。一方で肝臓の再生能力を利用することで、肝臓移植が必要な患者さんへ生きている人の肝臓の一部を切除し移植するという“生体肝移植”が行われており、ドナー不足という問題を抱える“脳死肝移植”を超える移植数が実施されている。

 当研究室ではこのような肝臓の様々な特徴に注目しつつ、肝疾患に対する新たな治療法の探索を目的に以下の研究テーマを推進している。

 

2.研究テーマ

 

 重篤な肝疾患に対する細胞移植療法の開発や、遺伝性肝疾患に対する新規治療薬の開発など、肝疾患に対する新しい治療法の開発を目指して当研究室では様々な研究テーマを推進している。

 

2-1 肝前駆細胞の増殖・分化を制御する分子メカニズムの解析

2-2 種差を考慮した肝胆汁うっ滞症の病態再現系の構築

2-3 肝臓における性差を司る新規メカニズムの解明

 

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2-1 肝前駆細胞の増殖・分化を制御する分子メカニズムの解析

 胎児や大人の肝臓には、肝臓を構成する機能細胞(肝細胞および胆管細胞)への分化能を持つ肝前駆細胞が存在することが知られている。我々の研究室では、フローサイトメーター(レーザー励起光を利用した細胞分画装置)と多数の蛍光抗体を用いた網羅的な解析によって、胎仔肝臓および成体肝臓の前駆細胞の純化・培養系の構築に成功している(Kakinuma et al., J. Hepatology 2009, Kamiya et al., Gastroenterology 2009)。これらの肝前駆細胞は、生体外に取り出しても高い増殖能力を持つ一方で、オンコスタチンMや細胞外マトリクスによる刺激を加えることで成熟肝細胞の機能を一部獲得できることがわかった。しかし研究を進める中で、増殖能力に限界があること(Kamiya et al., Stem Cell Dev. 2015)や肝成熟化のレベルが生体の肝臓に比べると低いことが明らかとなってきた。我々は肝細胞の発生過程における遺伝子の発現パターンの変化を詳細に解析することで、肝前駆細胞の成熟化を促進する因子の探索を行っている。マイクロアレイ網羅的発現解析のデータから複数の候補因子をピックアップした後に、in vitro培養系に強制発現させることでその効果を解析することで、肝成熟を促進できる因子としてMist1(Chikada et al., Sci. Rep. 2015)やKLF15(Anzai et al., Sci. Rep. 2015)を同定している。現在、他の肝成熟因子についても解析を続けている。また、ヒト多能性幹細胞として、受精卵(胚盤胞)から作成されたES細胞や体細胞に山中因子と呼ばれる初期化のための遺伝子(Oct3/4, Sox2, Klf4, Mycなど)を導入して作成されるiPS細胞がある。これらの多能性幹細胞は試験管内での長期にわたる増殖能と外胚葉、中胚葉、内胚葉の各臓器の細胞へと分化可能な多能性を備えており、再生医療の重要なソースとして考えられている。ES細胞やiPS細胞から肝臓の細胞を作る試みが多数のグループでなされているが、我々の研究グループでは増殖性の高い前駆細胞を作り出すことを目的として研究している。ヒトiPS細胞を液性因子の連続添加によって肝細胞へと分化誘導することでαフェトプロテイン陽性の幼弱な肝細胞へと分化できる。この培養系中のCD13およびCD133両陽性細胞を回収し培養した結果、高増殖性で肝細胞および胆管細胞への分化能を持つ肝前駆細胞であることを明らかにした(Yanagida et al., PLoS One, 2013, Tsuruya et al., Stem Cell Dev. 2015)。このヒト多能性幹細胞由来肝前駆細胞を用いて、成熟肝細胞や胆管細胞を試験管内で大量に得る系の樹立などを進めている。

2-2 種差を考慮した肝胆汁うっ滞症の病態再現系の構築

 成体肝臓の重要な代謝機能の一つとして胆汁の分泌がある。胆汁の主要な構成成分の一つである胆汁酸は、肝細胞でコレステロールから合成・分泌され、肝内・肝外胆管を通じて胆のう・小腸へと排出される。胆汁酸は食事中の脂肪成分のミセル化を行い、消化・吸収を助ける。小腸に分泌された胆汁酸は回腸末端で吸収され、肝臓へと回収される。このような腸肝循環によって体内における胆汁酸量(胆汁酸プール)が厳密に制御されている。しかし、胆管の閉鎖や肝細胞における胆汁酸トランスポーターなどの遺伝子異常によって胆汁うっ滞が生じ、肝細胞や胆管細胞障害による肝疾患の原因となる。このような原発性胆汁性胆管炎(PBC)や原発性硬化性胆管炎(PSC)、また進行性家族性肝内胆汁うっ滞症(PFIC)などでは、うっ滞した胆汁酸の細胞毒性により肝障害が起こる。しかし、ヒトに比べてマウスでは胆汁酸の組成が異なり、より毒性の低い胆汁酸が多く占めている。このため、マウスでヒト胆汁疾患の病態モデルを作製した際に、その症状が軽減される。そこで、マウス特異的な胆汁酸組成を制御している酵素を欠損したヒト胆汁酸様マウスが樹立されている。

 当研究室では、このヒト胆汁酸様マウスに成体肝臓特異的にゲノム編集酵素を導入することで、任意の遺伝子欠損を誘導できる系を構築している。この系を用いて、ヒト胆汁うっ滞疾患のより詳細なモデル構築・治療法の探索を行っている。

2-3 肝臓における性差を司る新規メカニズムの解明

 成体肝臓は、代謝器官としての役割を果たすために様々な代謝酵素を発現している。その代表的なものが、数多くの外来薬物等の代謝に関わるチトクロームP450 (CYP)ファミリーに属する加水分解酵素群である。CYPは、CYP1, 2, 3などそれぞれのサブタイプの酵素によって違った基質の分解等に関わるが、その発現が男女によって異なることが知られている。また肝臓は脂質代謝の重要な器官であり、食事等によって摂取された脂肪分の分解や蓄積などに関与している。高脂肪食の摂取などによる肥満やそれにともなうメタボリックシンドローム(高血圧)などの発症には、女性ホルモンの作用が重要なことが知られており、男女での循環器系疾患の頻度の差などに表れている。

 以上の現象が肝臓でどのような分子メカニズムによって引き起こされているかは、いくつかの分子の関与が指摘されているものの未だ不明な点が多い。当研究室では、遺伝子改変舞マウスを用いた解析から、オスマウスの肝臓がオス型の遺伝子発現を示すために重要と思われる核内因子の同定等を進めている。

3.実験機器紹介

アンカー 1
アンカー 2
アンカー 3

卓上蛍光顕微鏡およびPCR装置

卓上蛍光顕微鏡およびPCR装置

培養装置・培養用顕微鏡

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